somethingtoliveforのブログ

社会人の女が日々のモヤモヤを吐き出して考えを整理するためのブログです。2年前自分がACだと気づいてから人生が変わりました。皆さんの心に安らぎを。

自分に厳しく他人に厳しく

自分に厳しい人って他人にも多くを求めます。いろんなことができて当たり前、我慢して当たり前です。

そういうのってこころが心底疲れるので最近やめたいなぁと思ってはいますが、やむを得ないときもあります。

 

しばらく休職するのでお仕事の引継ぎをしています。

新人の時、仕事は教えてもらえることが多いですね。でも、それって当たり前ですか?ラッキーですよね。そして、いろいろ教えてもらえるうちに頑張って吸収して、なんでもできるようにならないとダメですね。

新人でなくなったとき、仕事は教えてもらえますか?普通は教えてもらえないと思う。自分で考えてやらないとだめですね。上司や先輩はざっくり方針だけ指示して、方法は自分で考えるのが当然ですよね。

教えてもらえなかったからできなかったってそんな小学生みたいなこと言われても・・・。知らん。

基本的に私は今の部署に来た時たいして教えてもらわなかった。そして、いろんな仕事を引継ぎという形で正式に与えられたのではなく、誰もやらないから仕方なくやったというものが多かった。

そのことがひっかかって、次の人に教える気にならない。

 

中学生のとき、部活の先輩が、後輩にえらぶる人でかなり怖かった。それを見て自分は優しい先輩になろうと思った。実際後輩いびりはしなかった。

今までの人生で一度も後輩いびりはしたことがない。

新人には優しくしている。わからなくて当たり前だから。

でも先輩には優しくしたくない。今まで何やってたの?としか思えない。自業自得でしょ。

1から10まで教えないとできないって・・・・よくその給料もらえますね。

 

ゆっくりゆっくり順序を追って成長していたら、こんな気持ちにはならなかったのだろうか。もっと他人に寛容になれたのだろうか。新人の時に満たされなかった気持ちが、ずっとくすぶって恵まれた環境にいてそれを全く自覚していない人が、許せないのだろうか。

 

私は典型的なアダルトチルドレン(AC)なのですが、情緒の面だけでなく、仕事でも同じ構図が当てはまるんだろうか。

子どもの時に無条件に愛情を受けられない→大人になっても子どもをかわいいと思えない(子どもってだけでいろいろ優遇されてずるい)

新人の時に手をかけてもらえないので自力で成長する→仕事ができるようになったとき、できない人、甘えている人を見て苦々しい(うらやましい)

 

情緒面は運よく良い夫と出会えて愛を与えてもらえたので回復できたのだが、仕事面の恨みが、癒されることって、、、一生ないのかもしれない。

 

いや、仕事での成長ってそもそも、子どもの成長と一緒にしていいのか?そこにまだ疑問があるからストレスから解放されないのかもしれない。

自力で頑張れよっていう考え方、これを変えないとだめですね。自分もやらなくていいし、、、、他人もやらなくていい。

でも仕事の方って、世間一般の認識がまだAC寄りな気がするから、考え方変えると仕事できない人にされちゃいそう。

この葛藤が、この葛藤で、、、、、窒息しそう。

 

できません。って言えれば楽だ。できない人、やらない人だと思われることをなんとも思わなければ、やらなくていいから。

結局はバランスが大事かな。心の引っかかりなくできるときだけ、やるようにしよう。

 

そして、引継ぎの件の結論はというと、、、頼まれたらやろう。

自主的にやるのは癪なので。

嫌いなものへの反応

皆さんは嫌なことがあったらどうしますか?

忘れてしまったり、考えないようにできると楽ですね。

私はそのことについてずっと考えてしまいます。

嫌いな人についてもずっと考えて、なんでこんな嫌なことするんだろうと分析してしまいます。ですので、嫌いな人についてかなり詳しかったりします。

そして、理解が深まって憎めなくなったりするのでもうドツボです。

本当にしんどいので、できればやめたいんですが、無理だとわかりました。

せめてもの抵抗として、ブログに書いて脳から追い出しています。

女性蔑視する人の特徴

女性だから何とかって言われると辛いです。

こういうこと言う人たちって何者なんだろうと長年考えています。頭がいっぱいいっぱいなので種類わけして整理してみました。

 

1 高齢男性

数的には圧倒的ナンバーワン。

時代のせいですね。

もうこの年になると考え方を改められないと思うので諦めてうまく回避する方法を探した方が懸命でしょう。彼らはそのうちいなくなりますがこいつらに影響を受ける人がいるのが困りものです。

 

2  高齢女性

意外に思いますか?かなりの数でいます。クソ親父に育てられ、亭主関白の夫に支配されています。彼女たちは現実の体験として生まれてから現在進行形で差別を受けて人生を過ごしていますので手強いです。自分が食らった苦しみを同じように与えようとする、今までの自分の選択を正当化するために若い女にも卑屈な生き方を強いる、など男以上にいろいろと攻撃してきます。無自覚ながら深く傷付いている人が多いので反撃はしないでおきましょう。ただし、自分はこうならないと胸に刻み、このような人が減る社会を願います。

 

3 男子校出身、男兄弟しかいない、母親が専業主婦、男性ばっかりの会社所属、高卒

女性のバリエーションをあまり実体験で学ぶ機会のなかった人達のグループ。マンガやメディアの影響を強く受けていたり、尊敬できる女性が身近にいないことでそういった考え方になることがあります。若ければ考えが変わる可能性もあります。残念ながらこのグループは意外と女性にも多いのです。啓蒙したいです。

 

4 お嬢・坊ちゃん育ち

生まれつき金持ちなのがこのグループのポイント。父親は立派に働き家族全員を余裕で養う甲斐性者。「女は男が守ってやるぜ」という男の夢を本当に実現できている人たちに育てられている超レアグループ。生活は余裕なので母は働く必要もなく悠々自適なマダム。夫を尊敬し、息子にはいい仕事に就き男をたてる大和撫子な奥さんをもらうように、娘には稼ぎのいい人のところに嫁に行って尽くすように教育する。あれ?もしかして幸せなのか?まさかね・・・。

低所得者=世界が狭く、自分に自信がなく女性蔑視的とのイメージがあり、うかつにもこのグループの存在には最近まで気が付きませんでした。

数は少ないが、彼らは性能がいいので立派に成長し社会に大きな影響を与えるでしょう。(ちなみに価値観の合う同グループ同士で結婚する)この人たちのせいで日本はよくならないのかもなぁ。政治家とか弁護士とか医者とかが多いけど、身の回りに女性同業者がいるにもかかわらず考えを改めない。だって生まれたときから金持ちで、立派な父というロールモデルを見て育ち実際に成功して自信満々でモテモテで考えを改める必要に迫られないもんね。いや、本当は時代遅れなことはわかっているのかもしれない。確信犯なのである。特権階級の貴族みたいなもので既得権益を手放したくないのである。「パンがないならお菓子を食べればいいじゃなーい。まともな仕事がなければ男に養ってもらえばいいじゃなーい」みたいなね。ちょっと違いますかね。

この人たち、特殊民族として天然記念物的に独自の生態を保持し人生全うしていれば対して迷惑をかけないんだが、庶民のあこがれの存在になっているのが一番の罪。多くの人は一人で家族養ってお金余って仕方ない暮らしなんかできないのに庶民が変にマネしちゃうから不幸な女性が増えるんですよ。お金があるけど家庭に縛られている生活が幸せかどうかはグレーだけど、庶民が実践した場合、お金もないわ、家庭に縛られてるわ、パート労働もさせられるわ、馬鹿にされるわでもう最悪。完全に黒。

 

いろいろ書きましたが、勿論男性蔑視もだめです。知り合いの保育士で男園長は使えないとか言っている人がいて、驚きました。女性が多い職種だと男性を差別する人もいるんですね。

男女問わず、平等に個人を評価できる人間でありたいです。

 

私は子育て失敗されているけどまあなんとかなっている(金銭管理編)

最近の親御さんは子どものためにいろいろと死力を尽くしていますが、私の親は放任かつ適当でした。でも何かとんでもない支障があるかというとそうでもないです。まあまあ立派な大人に育ちました。そんなもんです。もしくは生まれつきの素質です。私の失敗されている部分、書いていきます。大丈夫。みんな失敗作です。

今回は金銭管理編です。

 

金銭管理できない大人に育ちました。

・あればあるだけ使ってしまうタイプ。

・収入に見合っていない買い物をしがち。

・ものを大切にしない。

・よく考えずに買う。

最近結婚してお小遣い制にしたので(自分で希望した)被害額が減った。

 

(金銭にまつわるしつけやルール、環境)

・お小遣いは月に1回もらえる(年齢に応じて500円~10000円)

・ほしいものがあったら言うと買ってもらえる。(といっても、こどもなのでそんなに高いものは思いつかない)

・親と買い物に行ったとき、自分の財布から出したり出さなかったりする。

・クリスマス・誕生日はいい子にしていなくても欲しいものがもらえる。

・買い物に失敗してもお咎めなし。(例えばちょっと歩きにくい靴を買ってしまっても、我慢して履けとか言われずまた買ってもらえる。)

・お手伝いをするとシールがもらえて、シートに貼っていき、全部たまると何か買ってもらえるシステムだったが、そもそもたまらなくても買ってもらえる。そして新品シールも特に親が隠しているわけでもない。(りぼんの付録)

・遠くのおばあちゃんはお小遣いを1万3千円とかみたいに端数でくれて、1万は徴収されて貯金される。3千円は使っていい。

・子どものころ強制貯金された通帳は大学で家を出たときに渡された。

(しかし、金銭管理能力がないのでせっかくの貯金を無駄遣いした。)

・親がまだ使えるものも捨てる。

・親がまだ使えるものがあるのに無計画に新しいものを買う。

・お菓子は親が買う。

・単価の安い服が着れないほどたくさん。

・子どもの取れるところにお金がある。

 

ぼろぼろですね。特にシールのくだりが謎すぎて笑える。

 

今までの被害額は決して小さくない、が自己破産もしていないし、リボ地獄ってこともない。ギャンブルにもハマっていない。

 

親から自立して自分で稼いで、いろんな人に出会って、少しづつ改善できてはいる。最初からこうしていればなぁと後悔することは多くある。が、まあ大丈夫。許容範囲内。みんな適当で大丈夫ですよ。

女性同士が争う理由

女性同士は本来仲良しだと思う。

女は陰険で嫉妬深くドロドロとした争いをするというイメージがあるが、なんだかしっくりこない。

正直、男がそれを望んでいると思える瞬間すらある。

 

踊る〇んま御殿の女性同士の争いスペシャル(嫁VS姑、ブス芸人VS美女みたいなの)がよく放送されているので人気なのだろうが、誰が見たいのだろうか。男が見たいのではないだろうか。私は女だが全然面白くないし、共感もない。男はなぜ女を争わせたいのか。わけがわからない。

(余談だが、知り合いの60代男性も女の争いが好きである。職場で若い女はいじめられるだろうとかなんとか言ってきてお局様と若者のえげつない争いのエピソードを聞き出そうとしてくるが、うちの職場にはそういったくだらないことをする女性はいないので全く期待に沿うことができない。)

 

そんなわけで女の争いが起こる理由を考える。

まず、恋愛が絡まないシチュエーションにて分析開始。

【ブリッコ、天然、美人】

これらの女は嫌われやすい。特に男に対してのみ態度を変えたり、女の武器を発揮する女は嫌われる。ではなぜ、男に媚びるのか。男が権力を持っていることが多いからである。しかし、媚びる相手は男に限らない。

はるか昔、学校生活などでリーダー格女子に媚びる女子という存在もいた。

男に限らず他人に媚びる人間は嫌われる。

それはなぜか。

 

【成功の手段が正当かどうかという点】

誰もが認める成功(嫉妬≦尊敬・納得)

・たゆまぬ努力を続けたスポーツ選手がオリンピックで金をとった。

がり勉して東大に受かった。

・敏腕女社長

 

認められない・非難されやすい成功(嫉妬・軽蔑・不平等感のみ)

・医者と結婚してセレブ奥様で豪遊生活

・美人が社長の目に留まり秘書室へ(仕事で出世する)

枕営業で映画主演

 

※ちなみに美人は媚びていなかったとしても実力以上の評価を受けがちなので非難される。※2外見は実力でないのかとか言い出すともう収集が付かないので置いておく

 

グレー

ミスユニバースとか美少女コンテスト優勝(努力も入っているからか?)

・女子アナ(勉強部分に評価が入る?)

 

成功者を見たときに思うこと。それは、正当な手段で成功したのかどうか。

残念なことに女性は基本職業面、連動して金銭面において虐げられているので正攻法で成功する手段があまりない。消去法で現権力者(男)を利用する手段が頻繁に取られるため、ずるい女が多くなる。そして人間本来の当然な気持ちとしてずるい女が嫌いな女が多く発生する。そして争う。

 

ちなみに他人に媚びる男だっているし、そういう人は男女ともに嫌われている。他人に媚びるしか成功方法がない層には女が多いが男にもいる。教育の機会、仕事の機会が与えられてもなお、自身の力で成功できない男はもう仕方ない。慎ましく生きるか、後ろ指さされつつ成功するしかない。

 

結論

「女の敵は女」なのは社会的弱者に女が多いから。権力者への媚びへつらいという場にしか戦場が用意されていない以上卑怯な戦法をとるしかないので争いも醜くなる。

 女性の地位が向上すれば、相対的に地位が下がる男性が発生し、醜い戦場に立つ人物は男女で平坦になる。

 

別件 

 本当の恋愛に関しての争いはどうにもならない。なぜなら、恋愛の成功が好きな人と結ばれることだとすると、成功するかは相性で、誰が誰を好きになるかはコントロールできないから。(モテは操作できるので混同しやすいが別に考える、もちろん玉の輿は恋愛と別)

 

なんとなく整理されてもやもやがすっきりしてきましたが、まだ不十分な気がします。新しい気づきがあれば更新します。

 

 

弱視について

 私は不同視弱視で左の目が悪く矯正できない。

人生で自分以外だと2人知っているので意外といるのかもしれない。

私の場合は遺伝的なものではなく、子供のころに何かテレビの位置が悪くてなんかいろいろあって片目だけ発達しなかったのが原因らしい。

6歳までに発見できると治療できるらしいが、私の場合それがちょっと遅れてもう手遅れだった。

そんなわけで、母はそのことにかなり負い目があるらしく、目が見えにくい、距離感がつかめないなどは母の前ではNGワードである。母は全く悪くないし、全然恨んでいないのだが、かわいそうになる程気にしているので、それがいたたまれなくて、なんだかなんでもないふりをしているのであった。お化け屋敷って自分より怖がっている人いたら、冷静になるよね。それと似ているような違うような。でもあれだって冷静なだけで本当は素直に怖がりたいのである。

だから本当は、目が疲れるし、バレーとか野球とか飛んでくる玉はよく見えないし、歩けばカーブで見えない側はよくぶつけるし結構困っている。大したことないけど、写真の時まっすぐにしているつもりでも左に首をかしげてしまうのでブリッコみたいになるっていうのもある。

そして、最近一番の困りごとは(目に関してね)、正常な方の目もだめになったらどうしようという恐怖である。右目はずっと裸眼で1.0以上あったのだがここ一年ですごく(体感で)悪くなった。PC作業がいっぱいの残業がいっぱいだったせいだと思う。1年間の残業代で60~70万稼いだけど、そのお金はいらないから目を元に戻してほしい。(いや、残業代未払いは違法だから、健康被害で損害賠償請求したい。というかそもそもお金で解決できない。とにかく目を返してほしい。)

 

わかるだろうか。もう右目しかないという恐怖。眼科ではラストアイというらしい。最後の一個なのである。私の正常な目玉は。この気持ちわかるまい。

少しでも見えにくくなったら、超不安、超ストレス、右目のモンペである。本日眼科に駆け込みただの近視だった。ほんとうによかった。

 

今年の会社の健康診断では右0.8、左0.8だった。

絶対ちがうよね。なんで左右同じなのさ。例のCのやつがどっちあいてるか見る検査だけじゃぜんぜんわからないよね。

今日眼科ではかって右0.7、左0.5。

うん。そうか。健康診断よりましか。

でも、右があと0.2下がったところで左目と同じような見え方になるとはとても思えない。

左は遠視なんだけど、遠くは見えるのかというとそうでもない。(近くはもちろん見えない。)これが弱視のなぞ、というかなんて説明すればいいのか長年わからないところだった。

 

会社で希望制でVDT検査っていうやつがあって、なんかパソコン使いずぎで健康を害していないか見る検査なんだけど、Cのやつ以外にもいろいろ検査できる。

それのピント調節ってやつができない。機械をのぞくと「あ」の文字があって、まず遠い距離で、一番よくピントがあうところでストップボタンを押す。そこからスタートして、どんどん文字が近づいてきて、またピントがあったらストップ。忘れたけどその距離が長いほどいいんだったかな?社会人になって初めてその検査したんだけど、かなり戸惑った。どこにもピントが合わないのでスタートできない。看護師さんイライラ、後ろに待ってる人ぞろぞろ。あわわわわ。

なんかどこにもピント合いませんって言ってもわかってもらえないので最近は適当にボタンを押しているんだが、検査の人はわかってくれよって思ってしまうね。

 

とにかく、こうして自分でもよくわからないままだった、自分の目の能力について、弱視の診断から20年を経てようやく理解したのであった。

 

ちなみに立体視の検査は満点が10のうち2しかない。

かなしい。

それから、検査での看護師さんの反応がおもしろかった。

初めて検査した時は自分が弱視だとあんまり認識してなかったのもあって何も言わず検査した。

レベル3あたりでもう見えませんって言ってるのにイラストを傾けたり遠くに離したりなんだりいろいろして頑張らされてレベル4までいった。もっと頑張らされたけど5は無理だったので結果は4になった。看護師さんは不服そうだった。

次の年は問診票に左は弱視って書いた。そしたら結果は2だった。しかも全然、頑張らされなかった。

なんだろう、見えないって言ってるのに頑張れ頑張れいわれたときは、イライラしたんだけど、できないでしょと初めから期待されないのもそれはそれでさみしかったのであった。

立体視の結果は便利で、2までしか見えないっていうと、この検査したことがある人には結構異常さが伝わる。

 

面倒だけど、自分のことを伝える、その努力が大事と自分に言い聞かせる。

 

そういう私も、両目が見える世界が分からない。どんな風にみえるんだろうか。想像してみるがわからないものはわからないのであった。

 

 

感受性を下げたいということ

The higher we go up, the greater difficulty we have in breathing.

高校生のときにビビッときた英文です。この頃既に、単なる比較級の例文に何かしらを感じるほど、息苦しかったわけです。どんまい。

 

こんばんは。社会人生活は年数にして未だ一桁、鬱に片足とまではいかないが、小指ぐらいは突っ込んでおり、なんとか踏ん張ってはいるが、しかし、日々、息が苦しくて死にそうです。

いつもいろんなことを考えすぎてしまいます。

人に話しても理解されにくく、説明するのも面倒なので、この場にてぶちまけたいと思います。

 

偶然見て下さった方ありがとう。世にはこんなことを考えている人もいるんですね。

共感した方、ありがとう。あなたと同じ気持ちの人がいます。

誰のためでもなく自己満足のためのブログです。

 

語感のまま書いていきます。日本語間違っていたらごめんね。教えてくれたら嬉しいです。

 

空気吸いすぎ窒息寸前。

 

自己紹介がてら小学生の頃の思い出。知的障害の子がクラスにいた。(当時は発達障害学習障害などという言葉はあまり普及しておらず、みんなはちょっと頭弱いやつだなぁぐらいの認識だった。)彼女は一生懸命話しているんだけど、みんな相手にしない。何言ってんのかわかんねーよと罵られるか、もしくは誤解されてケンカになる。

確かに彼女は言葉足らずだったが、私はいつも何を言いたいか分かった。なぜみんなわからないのだろう・・・。彼女のことは全く好きじゃなかったけど、理不尽だなと思っていた。

 

なんだか、いつも余計なことに気が付いてしまう。

鈍感力がまるでない。

 

理解力、感受性、我ながら高いと思う。よしもとばななのキッチンにも当然感動。そして、みんなそうでもないということに、最近まで気が付かなかった。その点は鈍い。それが理由なのか、たまに高飛車と言われる。

 

 

自分の神経質で、繊細で、恨み深くて、記憶力がすごくいいところ、好きじゃない。

そうじゃないよ、そんなこと気にもしてないよ、と全く反対の性質、おおらかな自分を演出してみせることがよくある。B型でしょとたまに言われるのがちょっとうれしい。(といっても最近は血液型の話題なんてもうしないよね。)

 

人を笑わせるのが好きで、よく冗談を言うんだけど、伝わらないことも多く、天然とかうっかりものみたいに言われることがあり、かなり心外。

 

でもうっかりというか注意散漫なところはあり、短期記憶はかなり弱い。本屋の検索機で本の場所を調べる→よしLの56だな→歩く→わーこの本面白そうだなあ→あれ、なんだっけということがよくある。

 

たぶん多動・注意欠陥気味なのかな?許容範囲だと思うけどね。

・数を数える単純な仕事中、退屈すぎて考え事を始めてしまい数えなおし。

・何かやってる途中でついうっかりいいアイディア思いついちゃって、そのことに取り掛かる、また次のこと思いつく・・・デスクは地層のように書類が積み重なって、PCはファイル開きすぎて地層(とかミルフィーユ)みたいになっている。

 

ユーモアを理解しない堅物や思考停止の体育会系とはかなり相性が悪いが、私自身はいたって真面目で純粋、正義感の強い人間である。大人の事情や理不尽、不正を目にするとがっかりして傷ついてしまう。

 

あー感受性下げたい。

できることなら下げたい。

 

辛い出来事も何度かあると慣れる。

これは前にもあったなということで、傷つかなくなったりする。(何度も言うが、記憶力がとても良く、学習能力がとても高い。)

いや、傷つくんだけど、こころの準備ができているので正面衝突を避けることができる。俯瞰するというか、このタイプの人がとるこのパターンねわかるわかるーよくあることだからもうなんとも思いませんよーって感じで自分の感情を無にする。スルースキルというやつですね。

 

しかし、本当の敵は攻撃してくる奴ではないのである。

ここ数年、私を悩ませているのは、一見仲間に見える厄介者、同じ攻撃に苦しむ第3者の存在である。

例えば、パワハラ上司がいるとする。私はパワハラをスルーできる。そこで終われば一件落着表面上は何の問題も起こっていない状態。しかし、そいつはスルーしないのである。騒ぐ、嘆く、愚痴る、あげく私に対して一緒にパワハラと戦おうと持ち掛けてくる。これが、きつい。パワハラされるよりきつい。

 

まず、せっかく無にした感情が復活してしまうのできつい。

次に、かわいそうなその人の気持ちがものすごくよくわかるので気の毒できつい。

ラスト、トドメの一発です、過去にもうその人と同じことやって失敗済なのでその時のこと思い出す、そのうえに、どうにもならないということを私は、既に、わかっているのであってそれが何よりきつい。

 

正論だけじゃどうにもならん。

 

思い出すだけで、死にそうになったので終わります。